発見!知れば、知るほど!広島湾通

Vol.1

昔、白島は本当に島だった!?

 現在、広島市の中心市街地・八丁堀の北側に位置し、およそ海とは無関係に見える「白島」。しかし、広島がまだ五箇庄といわれていた小さな寒村の頃は、現在の広島市中心部はほぼ海の中であり、白島をはじめ現在の江波や黄金山・比治山はともに島々でした。
 白島が、島から現在の形へと変えるきっかけとなったのは、毛利元就の孫・毛利輝元による、1589年・五箇庄の箱島(現在の白島)を中心とした干拓と、広島城の築城を命じたのが始まりでした。その後は、少しずつ干拓が進められ、現在の形へと姿を変えていきました。
 余談ですが、干拓前は白島(はくしま)は箱島(はこしま)、江波(えば)の江波山及び江波皿山は江波島(えばじま)、黄金山(おうごんざん)は仁保島(にほじま)、比治山が日地島(ひじしま)と呼ばれていました。


写真は現在の白島電停付近


白島は本当に島でした!しかも旧名は「箱島」でした!

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