【3】国際文化観光都市・松江に暮らして■■■

島根県庁の庁舎は松江城の南に寄り添うように建っており、平成15年4月に東京から転勤してきての通勤初日、たまたま堀に沿ったルートで徒歩通勤したことから、城に通うイコール登城するかのような錯覚がしたのを覚えている。今考えてみると、これまでに勤務した国土交通本省、中国地方建設局(現整備局)も、同じように城に隣接していたが、そのようなことはなかった。天守閣の有無、山城と平城、といった城自体の違いが大きな要因ではあるが、内堀のすぐ外に武家屋敷群が保存されていたり、必ずしもまっすぐに生えていない松並木との調和がとられた歩道が整備されているなど、城下町の雰囲気を残そうという意識が強いことにもよるのだと思う。

こうした歴史文化的な魅力に加え、松江市は、昭和26年に制定された松江国際文化観光都市建設法の第1条で、明びな風光とわが国の歴史、文化等の正しい理解のため欠くことのできない多くの文化財を保有すると紹介されているとおり、宍道湖、大橋川などの水空間と市街地、あるいは背後の山々とが織りなす他の都市には見られない美しい景観を有している。
しかし、どのような景観を美しいと感じるかはすべての人が一致するものではなく、正解が1つあるというものではないため、景観を保全し、創造することは容易なことではない。最近、松江では、宍道湖畔の老舗旅館の跡地へのマンション建設と風力発電を行うための大規模な風車群の建設について、その建設により良好な景観が損なわれるという危惧から広く地域を巻き込んだ景観論争が勃発した。特に後者については、この地域にとどまらず、全国各地から意見が寄せられたが、最終的に、建設主体である民間事業者の理解を得ることができ、計画の修正が行われた。
もちろん、先に述べたとおり、この修正が誰にとっても正解ということにはならないが、1つの正解というものがない問題であるだけに、議論をしたというプロセスが大事だし、そのプロセスがあったからこそ事業者の理解も得られたのだと思う。

この7月の豪雨災害で松江の市街地が34年ぶりに大きな浸水に見舞われ、大橋川の改修や幹線街路の整備について、その必要性、緊急性が再認識された。これらの事業にあっては、町並みや景観に大きな影響を与えることから、地域住民や有識者などと密に意見交換をしながら検討が進められている。今後、その調整には多くの時間と労力を要することが予想されるが、国際文化観光都市にふさわしい町を創造するには不可欠なプロセスであると思う。しかし、逆の見方をすれば、平成16年に景観法が制定されたことに象徴されるように、多くの人が景観に関心を持つようになり、サイレント・マジョリティの声を直接聞くことができるようになってきたことを考えれば、これまでよりも方向性の見定めはしやすくなっているのかも知れない。

以上、この機会を与えてもらったことを機に、主に景観に関して、松江に暮らしてみて気付いたことや経験したことを思い出しながら思いのまま書いてみた。景観行政・まちづくり行政に直接携わる立場にないため、軽い内容になっている部分があるかも知れないが、悪しからずお許し
いただければ幸いである。

【島根県土木部土木総務課長 上村 昇】
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