シリーズ (1) 紙屋町交差点(国道54号)

人・物・文化を集積し、広島の発展を支えた道
【昭和27年頃】
本格的な復興のはじまり
戦後、本格的な復興事業がスタートしたのは、昭和24年に制定された「広島平和記念都市建設計画法」からです。27年頃には平和大橋が完成するなど、道も橋も整備が進んでいきました。
しかし、昭和20年代、舗装されていない通りには、まだ人や車の往来も少なく、紙屋町地区周辺には今のようなバスターミナルもありませんでした。都心部の整備が大きく進んだのは30〜40年代にかけてのことです。
昭和27年の紙屋町交差点[広島市公文書館所蔵]
昭和27年の紙屋町交差点[広島市公文書館所蔵]
【現在】
中国地方を代表する商業都市へ
紙屋町周辺に、幹線道路が整備されると、物資の流通、人の交流、地域間の交流が活発になり、道路沿いには次々と商業施設やビル群、ホテルなどが建ち並びました。
平成12年には、広島初の地下街がオープン。渋滞の緩和、安全性の確保などが図られ、紙屋町交差点は、名実ともに「広島の顔」と言える中国地方を代表する商業地域として今も成長を続けています。
現在の紙屋町交差点
現在の紙屋町交差点



 経済を活性化し、暮らしを豊かにする国道54号。
一般国道54号は、広島から三次を通って松江へと至る中国山地を縦断して陰陽を結ぶ幹線道路です。なかでも、広島市中区紙屋町周辺は、交通の結節点であり、商業・行政・文化の集積地でもあります。さらにその中心、紙屋町交差点は、自動車、路面電車、広島新交通システム、バス、歩行者などが行き交い、往来の都市機能集積によって、その役割を増していきます。地下街などが整備された国道54号は、経済の活性化を生み出し、人々の暮らしを豊かにしてくれるのです。
位地図 広島市内の百貨店の動向

◎お問い合わせは:国土交通省中国地方整備局
  TEL:082-221-9231
  ホームページアドレス http://www.cgr.mlit.go.jp/
  
  *道路は、ガソリン税や重量税などの 道路特定財源でつくられています。

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