小鹿渓 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
所在地 | 三朝町(案内図はこちら) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
三朝町は約9割を山林で占め、いくつかの谷沿いに集落が点在しています。その中の一つ小鹿谷 の奥に小鹿渓はあります。この渓谷が道の拡幅を阻んでいたため、昭和30年代にようやく車が通 れるようになるまで同じ町内でも秘境の地でした。渓谷内にはアカガシ、ヤマグルマ、ホンシャ クナゲなどの常緑広葉樹やイヌブナ、トチノキ、サワグルミ、ホウノキなどの落葉広葉樹が分布 しています。(紅葉は11月上旬頃)小鹿渓は水と岩と自然林の調和が特に素晴らしく滝や淵が交 互に分布し、春の新緑、初夏のシャクナゲ、秋の紅葉と素晴らしい風景を見せます。 (三朝町ホームページから抜粋) |
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小鹿渓が名勝地として文部省の指定を受けたのは昭和12年12月のことであるから、それを 遡ること7年も前のことであった。小鹿渓の渓谷美が心ある人に認められた最初は、明治44年 の詩人菅原蒼溟によるもとの伝えられているが、広く宣伝されるに至ったのは、おそらく昭和5 年ごろ、脇水工学博士が鳥取市販の黒川教授と共に小鹿渓谷地帯の地質調査にきた時、景観のひ とかたならぬものを発見して小鹿村に対して、この渓谷の素晴らしさを保護させようとしたもの によると考えられる。これが村議会の決議によって名勝地区に編入ということになったものであ るらしい。脇水博士が帰京の後に、当時鉄道省、文部省などの嘱託で天然史跡名勝記念物保存会 委員をしていた国府犀東(本名種雄)に語ったものか、翌昭和6年に犀東は視察にやってきた。 彼もまたこの処女地の植物の群落と、水と巌石との織りなす自然の妙に魅せられてしまった。 (三朝町誌から抜粋) |
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小鹿渓奇勝21景 冠巌、丹土潭、五郎潭、掛布滝、雨垂滝、弥六潭、水晶滝、女潭、玉藻瀑、帯岩、化粧岩、滝女崖 笑顔岩、男潭、寝覚巌、神縄瀑、長者屋敷、乙女潭、品字瀑、夫婦瀑、繍襟淵 (三朝町誌から抜粋) |
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