不動院
広島市東区牛田新町、バスセンターから戸坂方面不動院バス停より東へ3分のところに「不動院」があります。
寺の開基は僧空窓(くうそう)といわれるが、その時期も宗派も不明といわれていますが、水運の要衝の地であったと思われます。
暦応年間(1338〜42)、足利尊氏は国ごとに安国寺をつくることとし、安芸の国ではこの寺が安国寺に当てられました。その後、臨済宗東福寺末となっていましたが兵火などにより衰退するが、天文10年(1541)銀山城落城によって滅ぼされた武田氏の子孫といわれる恵瓊(えけい)がこの寺の住持となり「不動院」となったといわれております。
今日は休日ということもあって、家族連れや熟年の夫婦がひっきりなしに訪れていました。
●とじる