昭和62年度
広島県呉市
  呉市は、明治維新までは瀬戸内海に散在する淋しい漁村の一つに過ぎなかったが、明治23年鎮守府が開設され、日本の代表的な軍港として世界的にも名を知られる町となった。
  戦前は、呉市街地と海軍工廠、海軍病院等の旧海軍施設を結ぶ道路であったこの通りは、戦後周辺が入船山公園として整備されるなかで新しく生れ変わり、歩道にレンガタイルやレンガブロックが敷きつめられ、またタウンスクエアから美術館前にかけて五体の彫刻が並び、“芸術の散歩道”ともいえる景観に整備された。
 この通りは、現在「美術館通り」という愛称で呼ばれており、古くから残るマツ並木や入船山記念館などの歴史的建物との調和もとれ、呉市の歴史を感じさせる通りとして、また、芸術の香り漂う通りとして、広く呉市内外の人々から親しまれている。
所在地 広島県呉市幸町
諸元 延長:210m、
幅員:18.5m
関係する施設など レンガ調タイル、
マツ並木
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