水害の歴史

江戸時代、現在のように斐伊川が宍道湖へと流入するようになっ てからは、斐伊川本川や宍道湖沿岸域で度重なる浸水被害に見舞 われてきました。

主な大洪水と被害状況

出来事
1635年(寛永12年) 斐伊川溢れて宍道湖に注ぐ
1639年(寛永16年) 堤防決壊し本流完全に東流する
1674年(延宝2年) 松江浸水。死者229名、家屋流出1,450戸
1702年(元禄15年) 堤防決壊し一面湖水。死者50名、家屋流出4,157戸
1722年(享保7年) 死者54名、家屋流出928戸
1826年(文政9年) 堤防決壊多数、旧木次町流出。死者130名、家屋倒壊多数
1873年(明治6年) 死者80数人、家屋流出約470戸、浸水家屋約4,000戸
1893年(明治26年) 松江市浸水3m。死者54名、家屋流出288戸、浸水家屋19,133戸
1943年(昭和18年) 宍道湖氾濫し嫁ヶ島が水没。死者6名、家屋流出1,463戸
1945年(昭和20年) 死者4名、家屋流出11戸、浸水家屋580戸
1964年(昭和39年) 旧加茂町中心部で全家屋浸水、出雲平野で約11,000戸浸水
1972年(昭和47年) 松江市など約70km2が1週間以上浸水。死者12名、浸水家屋約25,000戸
2006年(平成18年) 松江市街地2日間にわたり浸水。流域で浸水家屋約1,500戸