金毘羅(こんぴら)灯籠(とうろう)について
所在地ショザイチ 倉吉市クラヨシシ下田中シモタナカ案内図はこちら
下田中シモタナカサキ竹田タケダガワ堤防テイボウウエ
  竹田タケダガワ土手ドテに「キン」の文字モジハイった灯籠トウロウがある。正確セイカクには、金毘羅コンピラ灯籠トウロウ安政アンセイ6ネン5ガツ
建立コンリュウである。
  四国シコク讃岐サヌキ平野ヘイヤ金毘羅コンピラグウは、海上カイジョウマモカミとして漁民ギョミン海運カイウン業者ギョウシャ信仰シンコウアツめ、やがて
金毘羅コンピラコウもでき、大栄町ダイエイチョウ瀬戸セトには金毘羅コンピラグウマツられ、各地方カクチホウ農村部ノウソンブヒトまでお布施フセした。
下田中シモタナカ灯籠トウロウさんもこうしたナカツクられた産物サンブツである。
  ダイイシキザまれた奉納ホウノウ内容ナイヨウは、当時トウジ竹田タケダガワハシミナトコメフネ輸送路ユソウロで、この安全アンゼン
祈願キガンしたものである。明治メイジ二〇20ネンコロでも、竹田タケダガワ大原オオハラソンまでナナコクみのフネトオったというが
コメハコびのみならず、木材モクザイハコびや交通コウツウにもカワ利用リヨウされ人々ヒトビト生活セイカツササえていた。村人ムラビト毎月マイツキ
8灯明トウミョウフダマワテン礼拝レイハイしていた。
                                       下田中シモタナカ集録シュウロク  (下田中シモタナカ集録シュウロク振興シンコウ協議会キョウギカイ
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