洪水・高潮から守るための工事をします
放水路 ポンプ場 防潮堤
百間川放水路 倉安川排水機場 百間川河口水門
百間川放水路
● 百間川の変遷
百間川放水路の写真(改修前) 百間川放水路の写真(現在)
改修前 現在
● 百間川(旭川放水路)の整備
 承応3年(1654)の大洪水の後、当時岡山藩の番頭であり陽明学者の熊沢蕃山(くまざわばんざん)が、岡山城下を洪水から守るために、越流提と放水路を組み合わせた「川除け(かわよけ)の法」を考案し、その考えを継いで後の岡山藩の郡代津田永忠(つだながただ)が設計・施工したものが百間川です。
 百間川が築造されたのは貞享3年(1686)と言われ、その後約300年は当時のままの姿で大洪水より岡山市街を守ってきましたが、明治以降の相次ぐ洪水により大被害を被ったため、旭川本川では大正15年より抜本的な改修に着手しました。
 百間川の本格的な改修は昭和49年度より着手し、昭和58年度には第1段階目標である戦後最大流量(800m3/s)に対応した河道を確保し、また、平成8年度には、築堤が完了しました。
 支川の砂川においては、流下能力の障害となる固定堰を改築する砂川堰関連の事業が平成12年度に完了しました。
 さらに、平成4年4月に改訂された工事実施基本計画を基に、洪水を安全に流せるよう上流の分流堰と下流の河口水門の流下能力の改善を図ることとしており、平成13年度から百間川河口にある既設水門の横に約100mの水門(3門)の増設に着手しています。

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